監督・原案:レン・ワイズマン
脚本・原案:ダニー・マクブライド
出演:ケイト・ベッキンセール(セリーン)
スコット・スピードマン(マイケル・コーヴィン)
シェーン・ブローリー(クレイブン)
マイケル・シーン(ルシアン)
ビル・ナイ(ビクター)
アーウィン・レダー(シング)
ソフィア・マイルズ(エリカ)
ロビー・ギー(カーン)
ウェントワース・ミラー(アダム)
ケビン・グレイヴォー(レイズ)
一方、現在ヴァンパイア族の間では、3長老の内の一人、マーカスの復活の儀式という一大イベントが控えていた。だが、セリーンが勝手に別の3長老の一人であるビクターを目覚めさせてしまい、現リーダーのクレイブンは大いに困るのだった。
ビクターは、その昔、ライカンの襲撃で家族を殺され、唯一人生き残った人間のセリーンをヴァンパイアに変えたという繋がりがあるのだった。セリーンは、マイケルとライカンに関する調査の過程で、クレイブンとルシアンが裏で結託して何か企んでるのではという疑惑を持ち、判断を仰ぐためにビクターを復活させてみたのだった。
だが、ビクターから望み通りの命令を受けられなかったセリーンは、独自にマイケルを助けようとするのだった。
(感想)
製作年度を見ないでも、もう映画が始まって2秒ぐらいで、「ああ、『マトリックス』の後に作られた映画だな」というのが見て取れる、実にオリジナリティ溢れるビジュアルの映画でした。
続編である『〜エボリューション』の方を先に見ていたのですが、あちらは『マトリックス』を想起させるような雰囲気は無かったんですけどね。
さらに、この手のヴァンパイア系アクションホラー映画では、『ブレイド』シリーズという金字塔がおっ立ってるせいか、どうしても比べてしまいがちです。なので、「『マトリックス』風ビジュアルで『ブレイド』ほどアクションに迫力が無い」、というのが見てて感じられてしまうんですよね。
これだけだとただの二番煎じ映画で終わる所ですが、運良く、この映画には例の2作には無い、独自の見どころがあります。それは、ケイト・ベッキンセール演じる主人公セリーンのクールさセクシーさ、です。あの衣装といい、たまに怪しく目が光る所といい、何かもう、実にいいですね。
ただ、2作目を見てた時は気にならなかったんですが、「セリーンは何でこんなに強いんだろう?」というのが見てて気になってしまいました。いったい、脇でライカンにぶち殺されてる名も無い一般ヴァンパイアと何が違うのかと。例によって、ヒロインという立場だから手加減されてるのか。
ですが、セリーンは元は人間だったのが、長老の一人、ビクターに血を吸われる事でヴァンパイア化したらしいんですよね。この、「長老によってヴァンパイアにされた」というのがもしかしたら強さの秘密なのかもしれません。
時代設定は多分現代ですが、闇の世界ではヴァンパイアと狼男が互いに抗争を続けている、という世界観です。
それはいいんですが、この両種族が、人間に対して普段どう接しているのか、というのが何か見てて気になってしまいましたね(何か気になる所が多いな・笑)。と言うのも、ヴァンパイア族の方々が、もう人間のテクノロジーを使いまくってるんですよね。パソコンは使うわ、車を乗り回すわ。そして、戦いに使う武器は当然のように銃火器。そもそも、コイツらは人間が銃火器を発明してくれなかったらライカンに対してどう戦うつもりなんでしょう(笑)。
確かに、『ブレイド』でもヴァンパイアは人間のテクノロジーを利用してましたが、「人間世界に紛れて生きてる」という辺りをしっかり出していたので妙な違和感はありませんでした。
でも、こちらは、人間のテクノロジーを“利用”ではなく、“依存”してるように見えるんですよね。
ただ、これがもう一つ見てて疑問に思った点である、「コイツらは、人間を襲って世界を乗っ取ったりといったマネを何でしないんだろう」という事への答えになるかもしれませんね。きっと、この世界のヴァンパイアは人間社会に寄生する形で生活しているのでしょう。
さて。この映画の謎の一つに、「何故セリーンはマイケルに惹かれたのか」というのがあるようです。ですが、私はこの点には特に疑問を持ちませんでしたね。だいたい、惚れたはれたの話に深い理由なんてないものです。それに、命も助けられましたからね。普段接触の無い異種族である人間に助けられたというのが、何か感情に訴えるものがあったのでしょう。デビルマンにも似たような事がありましたし。
普段、アクション映画にラブの要素が絡んでくるとうんざりするんですが、何故かこの映画のセリーンとマイケルの関係には素直に面白く見ていられましたね。最後、「両方の種族から追われる事となり、これから二人で愛の逃避行を始める」的に終わったラストシーンは「何だかロマンチックだなぁ」とか思ったものでした。