2012
<2012 DOOMSDAY>
08年 アメリカ映画(未公開) 89分

監督:ニック・エヴァハート
出演:ダナー・ナーソン(サラ・クレンショー)
   ジョシュア・リー(アレックス)
   サラ・トムコ(ワカナ)
   クリフ・デ・ヤング(ロイド)
   エイミー・ドレンツ(スーザン)
   シャーリー・ラーン(ママ)
   デイル・ミッドキフ(フランク)
   キャロライン・アミゲ(トリッシュ・レイン博士)
   ルイス・グラハム(ハンター博士)

(ストーリー)
2012年12月21日。惑星直列やらブラックホールやらなんやらの影響で地球に天変地異が続発。古代マヤ人の予言通り、世界の滅亡が始まったのだ!
そんな折、地質学者のフランク、宣教師のサラ、救命士のスーザンといった面々が、とある理由から、チチェン・イツァにある神殿を目指して進んでいた。「神の意思」という名の直感でもって、そこに行かなければならないと感じていたからだ。
そして、世界が滅亡する中、一部の神に選ばれた面々が神殿に辿り着き、惨事を生き残る事が出来たのだった。めでたし、めでたし。

(感想)
ローランド・エメリッヒ監督の『2012』が面白かった為に、調子に乗って同じネタ、同じタイトルの未公開映画を借りてみました。そして大失敗!
上のストーリーでも書いたようにこの映画、いわゆる「神様万歳!」映画だったんですよねぇ。パニック映画じゃなかったんです。まあ、確かに、クライマックスに都市崩壊の映像(当然、ショボイCGによる)は出て来たんですけど、ほんの数秒でした。
ただ、ここで言う神様と言うのは、もちろん我らがキリスト大先生の事を指すわけですけど、このキリスト教で伝えられてる世界の終わり=黙示録というのは2012年問題とは関係無いはずですよね。これは、あくまでもマヤ文明が、高度に発達した天文学の知識から導き出したものなわけですから。
なのに、「キリストに選ばれた人のみが生き残れる」みたいな話にしてしまってる所が凄いですよね。マヤに便乗しやがったよみたいな。

ただ、ストーリー的には、宗教が深く絡んでなければ、それなりに面白いものではあったと思うんですよね。メキシコの町とジャングル、アメリカの都市といったそれぞれの場所にメインキャラのグループがいて、それぞれになんのかんのとドラマがあって、最終的に全員が同じ場所を目指していく事になる、というのは、結構「これからどうなっていくんだろう」という興味を持たせてくれる展開ですし、段々とみんなが目的地に近付いていくのを見るとちょっとワクワクしてきてしまいます。
例えば、『トランスフォーマー』なんかも、別々の場所にいた各グループが、クライマックスで一ヶ所に集まったりなんて事がありましたし、思えば『インデペンデンス・デイ』も別々の場所からスタートした面々が中盤で一ヶ所に集まりましたからね。だから、映画のストーリー展開としては悪くないものなんですけど、そこに宗教が絡むと一気に胡散臭くなってくるのが面白いところです(いや、厄介な所と言うべきか)。
別に、「何だか分からないけど、神殿に向かわないといけない気がする!」という衝動に登場人物が駆られる、というのは納得出来ない事はないんですけど、その理由に関して、「神のお導き」だけでなく、何かもう一声欲しかったんですよね。例えば、「そんな意味があったのか」と思えるようなものとか。
実は、一応この映画にもそういう面が全く無い事はなかったんですけど、「あくまでも神の導きがメインで、後はおまけ」みたいな感じがしてしまいました。
そして、例によって、信じる者しか救わないセコい神様に対して「何様だよ」とか思うハメになったものでした。まあ、「何様」って、「神様」なんですけどね。
しかも、世界にはまだまだキリスト教信者が大量にいるというのに、この映画で生き残ったのはほんの数人程度なうえに、しかもそのほとんどが信者というわけではないんです。宣教師が一人いるだけで、後は「それまでは懐疑主義だった」という連中がほとんどなんですよね。
これは、世界の終わりが近いと言われる時期にきて、「新たな信者獲得」を狙っているというわけなんでしょうかね。今、神を信じていないアナタも、まだ生き残るチャンスはあります!というわけなのか。
本家であるエメリッヒの『2012』では、カネもコネも何も無い一般人が見捨てられていく終末が描かれてましたけど、こっちはこっちで、神を信じない一般人が見捨てられる終末を暗に描いているというわけなんですねぇ。結局、何も持たない一般人は世界崩壊を生き残る事は出来ないというわけか。ちぇっ!