そもそも、主人公のベン(本名はティムらしいですが)は、事故を起こしたにも関わらず、逮捕も起訴もされてないっぽいんですよね。という事は、法的に事故の責任を負わなきゃいけない立場にいないんじゃないかと私は思ったんです。
だから、ベンは贖罪なんて考えず、そのまま自分の人生を続けていても良かったんじゃないんだろうか。でも、自分に確実に過失があったというのが良く分かっているんで、7人の他人+愛する妻の命の重みというのが心に圧し掛かってくるわけですよ。
そこで、ただ単にこの世におさらばするだけに止めず、自分の家や臓器を使った“捨て身の善行”をする事にした、というのは、大した行動力だと思うんですよね。
多分、弱い人間ほど「現世の全ての厄介事を放棄し、死の世界に逃れたい」という事を思ってしまいがちなんだと思います。そして、ベンも「罪を背負ったまま生きる」という選択が出来なかった、弱くて臆病な人だったんでしょう。
でも、ただ逃げるだけじゃなく、「報われない善人」というのを探し出して助けるという使命を科して、それをやり遂げるまでエスケープ・フロム・人生を延期するという道を選んだんですからね。私としては、むしろ尊敬に値するぐらいですよ。
もしかしたらこの映画、主人公を強い人間と見るか弱い人間と見るか、という所でも評価は分かれてくるのかもしれないですね(偽善者だからとかは関係無しに・笑)。
確かに、この主人公を精神的に強い人間と思うなら、罪と正面きって向き合わない所にもどかしさを感じたり、行動が自己満足に思えるというのも理解出来るような気がします(そう思うと、何度も地球を救った男、ウィル・スミスが演じるのはミスキャストだったのかもしれないですね)。
でも、私には、「心の弱い人間が、自分の出来る中で精一杯の事をやった」と思えてしまうんですよね。かく言う私も、生まれたての子豚のごとく弱くて臆病なタイプなので、ベンが最終的に選んだ道も、人として正しい道だとは思わないですけど、理解は出来るんですよね。そして、この「心の弱さ」というのを批判して欲しくないとも思うんです。そりゃ批判する側の人達はきっと強靭な精神力を持っていて、どんな時でも、確実に人として正しい行いをする事も出来るんでしょうけどさ。それが出来ない人もいるんですよ(こんな事を言っても、負け犬の遠吠えでしかないんですけどね)。
ただ、そんな私でも、ベンの行動に一つ、合点のいかない所がありました。
それは、善行の対象が、何故事故の遺族ではないんだろう、という点です。
善行の対象が、何で全くの他人じゃないといけなかったのか、という辺りが分かると、この映画が本当は何を言いたい映画なのか、というのが見えてくるような気がするんですけどね。
いや、人の心の弱さなんて、きっとこの映画のテーマなんかじゃないですよ(爆)。上記のは私の単なる感想ですから。